松崎元さん – 「地球の変動」まで考えたデザインが、自発的に生み出される社会に

プロダクトデザイナー/千葉工業大学教授 松崎元(まつざきげん)さんインタビュー (2018.10.26作成)2018.10.26作成

写真:イツモノ編集部  文:イツモノ編集部

世界でも有数の活断層の上にあり、地球温暖化によって勢力を拡大し続ける台風の通り道の日本列島。私たちは、常に災害の危機とともに暮らしています。そんな中、日常では便利に使えて災害時には違ったパフォーマンスを発揮する、フェーズフリーな考え方を宿したアイテムが注目されています。フェーズフリーの考えを推進されている、プロダクトデザイナーで千葉工業大学教授の、松崎元(まつざきげん)さんにお話を伺いました。

プロダクトデザイナーで千葉工業大学教授の松崎元さん

 

生活のさまざまなシーンに対応できるアイテムから発展

 

——松崎さんはフェーズフリーの概念を研究されていると伺っています。日常時でも使えて災害時でも使えるモノを指している、と考えてよいのでしょうか?

フェーズフリーの概念を意識し始めたのは3年ぐらい前ですね。そもそも、フェーズフリーを考えるうえで、そんなに「災害」には限定していないんです。学生時代は、研究室で折り畳み自転車をつくったり、形が変形するモノをつくったりしていたんですね。それはフェーズ、つまり状況が変わった時の収納や持ち運びを考えて提案していたモノだったんです。私たちは、ロボットが変形・合体するようなアニメを観ていた世代です。だから、形が変わることで用途とか機能が変わっていくということに興味があったんですよ。

※生活の様々なフェーズで使える、折り畳める長枕

——なるほど、フェーズフリーには「日常時と災害時」というだけでなく、広い意味で「状況の変化」という捉え方もあるんですね。

災害時に限らず、生活の中で状況が変わった時に色々な可能性が出てくるものはありますね。私がデザインしたものの中では、例えば折り畳める長い枕。長い枕って使っているうちに綿が偏ってしまうので、移動しないようにステッチを施しているんですけど、それを斜めに入れることによってL字に折り曲げることができるんです。これにより、抱き枕としての基本の使い方がありつつ、折り曲げて寝返りを支えるために使ったり、妊婦さんがちょっと横向きに寝るために背中側を支えたりっていう使い方もできます。そのまま赤ちゃんが生まれたら柵のように並べて使えます。長い枕を折り曲げられるようにすることによって、色々なフェーズに対応できるっていう提案だったんですね。

——生活の中のさまざまなシーンに対応できるプロダクトから発展していったのですね。

はい。形状が変わることで機能や使い方が変化するということは、災害時でも使える可能性があります。例えば、避難所の狭い空間の中で、折り曲げることでサイズを変えることができたり、ちょっとした仕切りを作ったりすることができますよね。コンパクトになるとか、持ち運びやすいといった日常時に役立つ特徴が、災害のフェーズでも役立つことがあるのです。状況の変化に応じたフェーズフリーなプロダクトを作っていたら、災害時を考慮に入れたフェーズフリーの考え方が当てはまったと言った方が良いかもしれませんね。

——状況の変化に応じて様々な機能を持つプロダクトが、災害という非常時でも機能を発揮する、ということですね。

結果的に災害時でも使えるようになっていた、という場合もありますね。旅行にマイ枕を持って行く人っていますよね。枕ってそれぐらい安心感を与えるものなんです。そう考えると、避難所での暮らしにもつながります。人の気持ちや心が不安定な状況になった時に、安心できるものの存在は重要です。普段使っている枕を使えることで、少しでも日常に近づけるんじゃないかと思うんです。

 

社会情勢とともに発展したプロダクトデザイン

 

——日本には昔から、フェーズフリーなプロダクトがありますよね。例えば手ぬぐい。一枚の布なんですが、綺麗な状態の時はハンカチとして使って、その後はふきんになって最後に雑巾に。おしめとしても使っていたとか。時系列でのフェーズフリーと言ってもいいのかもしれませんが…

そうですね。手ぬぐいは昔から防災面でもいろいろな機能がありました。怪我をした時に三角巾になったり、包帯になったり。ただ、手ぬぐいだとちょっと和に寄りすぎてしまっていて、持ち歩く人は限られるのかもしれません。手ぬぐいももっと日常にあればいいんですけど、あまり使われていないのがちょっと残念ですね。もしかしたら柄とかで解消できるのかもしれませんが…

フェーズフリー総研でも、そんな議論をしているんです。「これはフェーズフリーと言えるのか?」とか。どういうところに、境界線があるんだろうって。

 

——色んな解釈があるでしょうね。そもそもデザインの定義って何なんでしょうか?

デザイナーという仕事は、大昔から存在していたわけではなくて、もともとは職人みたいな方が、物作りをしていたわけです。もっと遡ると、河原の石を割ったら鋭利になったので魚や肉が切れるようになった、みたいなことからプロダクトデザインが始まっていた可能性もありますよね。

 

——偶発的なアイデアから誕生した道具は多いでしょうね。

それが、たくさん作って売れば自分が儲かるな、ということから経済が回りだして、量産されるプロダクトが生まれて社会が豊かになる。やがて、近代化して産業革命があり、機械的なモノから多彩な製品が作り出される。

 

——“もの”がどんどん広がっていくわけですね。

はじめ、自動車にはヘッドレストもシートベルトもありませんでした。あまり使用する人のことを考えていなかったのが、安全や健康を考えるようになってくるわけです。

 

——デザインという言葉自体も、どんどん広がりを見せてきたわけですね。

デザインの分野自体、社会の環境や状況の変化に影響を受けて広がってきています。また、デザインの定義が変化していきます。最近では人のためにデザインをする、あるいは、良いものをつくるだけでなくて、その人がどういう体験をするのか?ということが重要になってきています。

そんな中で、フェーズフリーの考え方にある、地球の変動は特に意識はされてきませんでした。震災や水害があると、その都度「何かできないか?」という機運が高まります。でも、その状況が終わるとまた沈静化して、あまり意識しなくなってしまうんですよね。

 

フェーズフリーなアイテムから、フェーズフリーな社会を目指す

 

——物や経験に価値を生み出すとか、機能を生み出すとか、デザインにはそのようなこともすべて含まれるのでしょうか?

ひとくくりに「これが全部デザインです」と言うのが難しいので、○○デザインのような言葉が生まれていますが、フェーズフリーデザインは、どこまでがそうなのかというのはまだ結論は出ていません。

——この図はわかりやすいですね。

環境の変化に応じたデザインというのは以前からあったんです。例えば、人の多様性に注目したユニバーサルデザイン(UD)の概念は30年以上前からあって。また、環境の変化に応じたエコデザイン(ECOD)や社会の変容に応じたソーシャルデザイン(SocialD)などの概念も生まれてきました。でも地球の変動まで意識したデザインというのは今まで無かったんですよね。

もちろん、デザインで津波を止めるとか、そういうことではないんです。もっと身近な日常生活のところに根差した話に持って行かなきゃいけないと思うんですよね。

——そうですね。今まで、デザインと防災ってなかなか結びつきませんでした。例えば、どんなに名刺入れを素敵なデザインにしても、災害時にはきっと使わない。一方で、防災用品にはあまり素敵なデザインのものが少ないですよね。たとえ防災用品に素敵なデザインのものが少ないからから素敵なものをつくろう、となっても、「結局日常では使えないでしょ」ってなってしまう。今までデザインと防災はそんな風に切り離されていたんですけど、両方を意識しながら商品開発をすることで、もっと価値があるものにできるような気がしますよね。

もう1つは大切なことは、触発性。フェーズフリーは単一商品では意味がありません。色んなものがフェーズフリーになることで、より災害や非日常に対応できるようになるんです。触発性とはつまり、フェーズフリーな商品が世に出て行くことで、「自分もこういうものをデザインしてみたい、開発してみたい」という気持ちを持つ人が現れること。そういう意味での“触発”でフェーズフリーの概念が世の中に広まっていけばいいな、と思っています。

 

——人の生活で必要なものすべてのカテゴリにおいて、どんどんフェーズフリーのアイテムに触発されて、新しいモノが生まれるイメージですよね。

作る側だけではなく、買う側も使う側も、社会として触発されていけばいいですよね。例えば、折り畳み自転車について色々考えていた時に、枕をデザインする話があって、「枕も畳めたり折れ曲がったりしてもいいんじゃないか」って思ったわけです。そういうことをみんなが考えていけば、色んなものがフェーズフリーになるんじゃないかと思います。

ウォーターベッドから見るアイテムの発展性

 

——世の中に「これってフェーズフリーだな」って思うものはありますか?

これは1番難しいですよね。「これはフェーズフリー」って断言することは難しくて。段階的に発展して、モノ同士が触発されて良くなっていくんだと思いますよ。

最近いいなと思ったもので言えば、学生から出てきた案ですね。ウォーターベッドの水を備蓄水にするというアイデアです。ウォーターベッドって、「水の上で寝たら気持ちいいだろうな」っていうことで作られたと思うんですけど、作るのは結構ハードルが高い。密閉して水が漏れないようにする技術は非常に高度なんです。この技術を活かして普段はウォーターベッドとして寝ているんだけど、災害時には小袋になっているので、トイレの水を流すとか飲料水になるっていう使い方ができれば、日常の価値と非常時の価値っていうのはすごくマッチするんじゃないか?というアイデアです。

 

——すごくいいですね!

そうなんです。さらに使ったあとも膨らましてベッドになるっていう。普段は、通常のベッドよりも価値が高まる方向に行って、さらに災害時も役立つっていう両方のフェーズに対して価値提案できているからそこは面白いですよね。

 

——プロダクトデザインは見た目の美しさと、使いやすさ、作りやすさなど、色んな要素が組み合わされたものだと思うんですけれども、フェーズフリーな商品を考えた場合は、それぞれ平常時と災害時と両面で考えなくてはいけないんでしょうか?

機能をどこまでの範囲で、どう考えるかっていうことが大切です。機能というくくりを細分化した時に、美しさもあれば、使いやすさもあれば、量産性みたいな作りやすさもあります。さらに、安心して長く使えるっていうのもあります。それを横一線に広げて、全体を考える方が理想的ではありますね。

 

——長く使うという視点って重要ですね。例えば災害時に備えていたとしても、それが半年で駄目になるものだったら、活かされない可能性が高い。

そうですね。ものによっては消費期限がある場合もありますので、それも一緒に考えないといけないと思います。

 

——鮮度が必要なものもありますもんね。先程のウォーターベッドも、生活用水として使うということは、腐ってはいけない。災害時にも使えるものを開発するためには、水が傷まない工夫っていうことも検討しなくてはいけませんね。

なにかの機会に出してきて飲むとか、別の使い方があるかもしれないですね。小袋のまま冷凍庫で凍らせて保冷剤として使うとか。ピクニックの際にクーラーボックスにこれを凍らせて入れるとか。発展性は考えられるので、そういうアイデアがどんどん生まれてくればいいなと思います。

※千葉工業大学のプライベートブランドのミネラルウォーターのラベルも、松崎さんと学生がデザイン。販売するまでのあまり在庫が、災害時提供備蓄飲料になる。1年間で売り切ることで、備蓄水を新鮮なものにローテーションすることに。

 

これからのフェーズフリー

——フェーズフリーの将来性と、松崎さんご自身の今後の活動についてお聞かせください。

世界中にあるものやサービスが、フェーズフリーという視点で整理整頓されていく世の中にすることが理想です。フェーズフリーかどうかを仕分けするのではなくて、自然とそういうものだけで成り立つような社会になっていけばいいですね。

——フェーズフリーなモノとそうじゃないモノがお店にあった時に、店員さんが2つ並べて「これって災害時にも使えるんですよ。だから買った方がいいですよ」と、自然にすすめてお客さまも「こっちを選びたい」と思ってもらえることが大事だなと思うんです。

そうなんですよね。開発する側も触発されて「やっぱりフェーズフリーじゃなきゃ駄目だ」と意識が変われば、競争が生まれてどんどん良いものが開発されると思うんです。いつも議論する際は、災害時、平常時の両面について考えることを意識するんですが、意識せずに考えるべき項目になれば理想です。

——松崎さんはそのために、今後どのような活動を進めていくつもりでしょうか?

やっぱり、フェーズフリーを普及させるために何ができるかを考えることですかね。教育に関わっているので教育面になるとは思いますが。そういう意識を持って大学を卒業した学生が企業や自治体に入って、フェーズフリーの考え方を当たり前にする活動につながればいいなと思っています。

——学生さんがデザイナーとかになった時に、こういう発想がもしあると、また商品開発の方向も全く変わってくるでしょうね。

そこは私の役目と責任を感じつつ、まだまだ議論は続けていきます。

——松崎さんの考えを受け継いだデザイナーさんがどんどん社会へ羽ばたいていって、将来的には「フェーズフリーじゃない商品なんてあるの?」くらいになってほしいですね! 本日はありがとうございました!

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